無愛想なヴァン・モリソン

無愛想なヴァン・モリソン

先日、映画『イニシェリン島の精霊』を観た。事前情報を入れずに観に行ったのだが、ストーリーが進むにつれて胸が締め付けられていき、もうどこに救いを求めればいいのやら困り果て、困り果てたまま映画は終わった。

まだ公開中なのでネタバレになるが、100年ほど前のアイルランドの島が舞台。主人公の中年男性(コリン・ファレル)はいつもパブに一緒に行く年上の仲の良い友人がいる。しかしある日突然、その友人がお前とは友達をやめる、もう話しかけないでくれ、と言う。全く心当たりのない主人公はなぜそんなことを言いだしたのか、嫌がる友人にしつこく問い詰める。なんとその理由は「退屈だから」であった。なんとかヨリを戻したい主人公とそれを執拗に拒否する友人との壮絶な行き違いがエスカレートしていく。そしてそこに死を予言すると言われる”Banshee”のような老婆が現れ、ストーリーは絶望感が増していく。そういえば、この友人が教会の懺悔室に行くシーンが何度かある。そこで神父は必ずその友人に質問する。「最近、絶望感は感じるか?」

ある意味アイルランド的な物語なのかもしれない。何か教訓的な意味づけがあるわけでもない。ただ絶望的な物語。イエイツの妖精譚やベケットの戯曲にでもありそうだ。

その友人役はブレンダン・コリーソンという俳優で、僕は知らない人だがすばらしい演技だった。名優に違いない。実に無愛想で、感じが悪い。いつもしかめ面をしている。多くのアイルランド人がそうだが、それは風が強くて眉間に皺がよっているのかな、と僕は勝手に思っている。

雰囲気がどことなくヴァン・モリソンに似ている。

本題はヴァン・モリソンである。僕はずっとアイルランドの音楽が好きなのだが、そのルーツはこの人である。彼自身はアイリッシュトラッドはやらないが、しかしこの名盤がある。

僕はリアルタイムでこのアルバムを聴き、そこでチーフタンズを知った。その頃はアイリッシュトラッド自体も知らなかった。アイルランド民謡、なんていうとちょっとダサい感じがしたが、このアルバムの曲は違った。心に迫るものがあった。ここから夢中になって聴き始めた。"Star of County Down", "She Moved Through The Fair", "Carrickfergus"どの曲も素晴らしい。

もともとすでにヴァン・モリソンは聴いていた。ストーンズ、フー、キンクスと聴いてくれば、当然ゼムを聞くことになる。

そして、パティ・スミスの「グローリア」の原曲がゼムだ、ということも知ったりする。ドアーズの伝記を読んだら、ジム・モリソンがエレクトラレコードと契約する時、ヴァン・モリソンと同じレコード会社で嬉しかったとか、あるロックフェスの打ち上げで、みんなが酩酊していた夜更けにヴァン・モリスンが弾き語りで歌ったメディテイションソングにジム・モリソンが打ちのめされた、などというエピソードを読んで憧れた。

そして映画「ラストワルツ」である。僕は数あるライブ映像の中で、このヴァン・モリソンの「キャラバン」が最高じゃないか、と思っている。

■The Last Waltz - Van Morrison – Caravan

この曲後半のキメの時のアクション、ロック史上一番かっこいいアクションではないかと思っている。曲が終わったところで、演奏しているロビー・ロバートソンが感動して”Van, the man!”と思わず叫んでしまう。それぐらいやってる側も興奮して、盛り上がっているということが伝わってくる。ああ、今見ても最高だな。

ヴァン・モリソンはとにかく気難しくて有名である。何かで読んだが、メディアからのインタビューで、始まりから終わりまでベロを出したまま何もしゃべらかったことがあったようだ。確か引退宣言をしたのにそれを勝手に撤回して活動を再開した時のインタビューではなかったか。

飛行機嫌いで海外ツアーをやらない。だから日本にも来たことがない。僕は幸運にも1990年頃にダブリンのPoint Depotでライブをみたことがあり自慢である。ジャジーな感じのライブだったと思う。

いつも仏頂面で怒ったような表情をしている。ちょっとカルロス・ゴーンにも似ていないかな。” Poetic Champions Compose”(「詩人のチャンピオンが作曲してみた」みたいな感じか。)というすごいタイトルのアルバムがあるが、これの裏ジャケットの写真が好きだ。演奏も全部自分でやってます、という真顔の3枚の写真。

画像
Poetic Champions Composeの裏ジャケ写真
ふざけているとしか思えない。

まあ、それにしても60年代から第一線で活躍しながら現役でいまだに淡々とアルバムを出し、ライブも続けている。そんなミュージシャンいるのかな。いやこれほんとにすごいことだと思う。1945年生まれで今年78歳だ。

ディスコグラフィを見ると2015年以降、つまり70歳超えてからスタジオアルバムを8枚出している。超人である。しかも2019年の最新作は2枚組。しまった、まだ聴いてなかった。すぐに注文しよう。この豪華版ハードブック仕様で3000円しないぞ。お買い得だ。僕がロックを聴き始めた40年前だって、2枚組といったら3600円というのが決まりだったのに。

しかし最初に買ったヴァン・モリソンのアルバムは冒頭の「アイリッシュハートビート」ではない。昔静岡にあった楽器店「ミュージック・バーン」で一枚500円くらいで段ボールに入れられて売られていたこれを買った記憶がある。

最初に出会ったのがこのアルバムでよかった。キャロル・キングとこれと迷ってこちらを選んだのを今でも覚えている。正解だった。夢の中で鳴っているような音楽。僕はアストラル・ウィークよりこっちの方が好きだ。

2019年以降スタジオアルバムの発売はないようだ。年齢からして少し心配ではある。どうかまた最新アルバムを出してほしい。本当はライブももう一回見たい。アイルランドに行ったら見られるのかな。

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