2024年末のNFLのハーフタイムショー。
あのビヨンセがカントリー? 最初は何かの冗談か、何かへの当て付けなのか、と思った。しかし背景を調べていくと、至極真面目に取り組んでいることがわかった。彼女はアメリカ音楽を、というよりもアメリカの歴史を再構築しようとしているようなのだ。
カントリー音楽というと、正直言ってダサいイメージしかない。
坂本龍一は、どんなジャンルの音楽でも聞いたが、唯一苦手だったのはハワイアンとカントリーだったという。なぜ嫌いなのか、その理由は説明していなかったが、わかるような気がする。どちらも何だか観光客向けの商業的な匂い、そして閉鎖的で偏狭な田舎っぽさがあるような気がするからだ。
特にカントリーというのはとても閉鎖的な音楽だと思う。アメリカ南部のカウボーイといえば、酒とタバコと女と喧嘩が好きで、クリント・イーストウッドのファンで、家にライフルを持っていて、大型のランドクルーザーを乗り回し、共和党の支持者、というようなレッテルである。
例えばブルース・ブラザーズの映画のワンシーンで、金を稼ぐためのバンドの巡業で、ライブをやる予定の店を間違えてしまったシーン。間違えたのはカントリー好きが集まるようなバーで、リズム&ブルースの演奏を始めるとブーイングが起こる。バンドは仕方なく、知っている少ないレパートリーの中からカントリーっぽい曲を演奏してその場をしのぐ。そこでは明らかに田舎っぽいダサい音楽として揶揄している。
しかしもう少し前のことになるが2024年の3月に発売された「Cowboy Carter」というビヨンセのアルバムは、そういうステレオタイプのカントリー音楽を、自分たち黒人音楽の歴史に引き寄せた上で現代の音楽として再構築しようという試みのようなのだ。
こちらに素晴らしい解説が載っている。
ビヨンセはテキサス州の出身で、小さい頃からカントリーウェスタンの音楽や文化に囲まれて育ったそうだ。小さい頃、ロデオ大会で優勝したりしていたらしい。だからカントリーの歌を歌うこと自体は自然なことなんだそうだ。
上の「TURN」の解説にもあるように、このアルバムを作るきっかけのひとつになったのは2016年の同じテキサス出身のカントリーバンド、チックスとの共演だったという。
もともとチックスはカントリー音楽界では珍しいリベラル派で、デキシーチックス事件というのを起こしている。2003年3月、ロンドンでのライブのMCでバンドのリードボーカル、ナタリー・メインズが当時イラク戦争を進めるブッシュを批判したことが物議を醸し、保守的なカントリー音楽界から大ブーイングを受け、ブルドーザーでCDが壊される排斥運動にまで発展した。(また2020年に当時のBLM運動を受け、奴隷制時代にリンクするディキシーという言葉をバンド名から外し、チックスとなる。)
そして2016年のビヨンセとの共演でも、カントリー業界からはこれはカントリーらしくない、カントリー音楽ではない、というような堅苦しい批判が起き、ビヨンセはある意味それをきっかけにカントリーのアルバムを作ってやろうじゃないか、と思い立ったということらしいのだ。
ということで、この「Cowboy Carter」は、全く真面目に取り組んだ、作るべくして作られたカントリーアルバムなのである。カウボーイの4人に1人は黒人だった、とか、カントリー音楽の成り立ちに黒人の果たした役割が大きかった、ということなど僕は知らなかった。
チックス同様、ビヨンセは極めてリベラルで、2024年の大統領選挙でもカマラ・ハリスを応援した。故郷のヒューストンの民主党大会でも応援演説を行ったそうだ。
しかし選挙ではトランプが勝ち、世界は混沌としている。良い方向に向いているとはとても思えない。奇しくも副大統領のJ.D.バンスは「ヒルビリー・エレジー」という自伝を書いて有名になった。カントリー音楽の故郷でもあるアパラチア山脈のプアホワイトの立身出世物語である。しかし、ビヨンセはテキサスには、カントリーには、アメリカには、違う一面の歴史もあるのよ、ということを示そうとしているのだ。
その大統領選挙の前に発表された「Cowboy Carter」の一曲目、「アメリカン・レクイエム」は、なんだか今の状況を予知して、古いアメリカの価値観に対する決別を宣言しているように聞こえる。
🎵アメリカン・レクイエム
大きな理想や概念が
ここに埋もれてしまっている
アーメン
私たちは何かのために立ち上がれるかしら?
今が逆境に立ち向かう時なのよ
私は平和と愛をみんなに共有したいのに
中々その機会を私に与えてはくれないのね🎵
このアルバムには若い黒人のカントリーミュージシャンも多く参加している。何人か紹介しよう。(ちなみに最初の4人の女性は、アルバムの中でビートルズの「ブラックバード」のカバーを一緒に歌っている。この曲が、リトルロック高校事件の影響を受けて当時の黒人女性たちへ向けてポール・マッカートニーが書き下ろしたものだ、ということを初めて知った。)
こちらはケンタッキー州レキシントン出身、1996年生まれのTanner Adell。
メリーランド州ボルチモア出身、1988年生まれのBrittney Spencer。こちらはタイニーデスクコンサートの模様。
アラバマ州ガーデンデール出身、1998年生まれののTiera Kennedy。
アラスカ州出身、ナッシュビル在住の1998年生まれ、Reyna Roberts。
こちらはアメリカズゴッドタレントの映像。
バージニア州ウッドブリッジ出身、両親はイボ系ナイジェリア人で、1995年生まれのShaboozey。
ルイジアナ州シュリーブポート出身、1994年生まれのWillie Jones。
こんなに多くの黒人カントリーミュージシャンがいるのだ。しかもみんな若い。
トランプの誕生日にやった軍事パレードなど、最近のアメリカのニュースを見ていても辟易するばかりだが、保守的で閉鎖的なカントリーミュージックシーンが、そしてアメリカ自体が、こういう新しい潮流によって内部から変わっていくのだとしたら、希望が持てるではないか。ただ絶望ばかりしていても仕方がない。
ビヨンセが言うように、
🎵私たちは何かのために立ち上がれるかしら?
今が逆境に立ち向かう時なのよ🎵