アメリカのギターの歴史に片足を突っ込んでみる

アメリカのギターの歴史に片足を突っ込んでみる

最近、まとまってビンテージギターが入荷した。

パーラーギターが下記の4本
・Lyon & Healy
・Washburn
・Bauer Company
・Peter Benson
そして、Oafuとヘッドに書かれたハワイアン風のギター。
GibsonのJ-200を彷彿とさせるようなKayのジャンボギター。

全く無知だったので、それぞれ調べていくとアメリカのギターの歴史が見えてくる。せっかくなので少しまとめてみたい。

Martin 1833-

アメリカのギターの歴史といえばやはりマーチンから始まる。駆け足で説明すると、ドイツで生まれたクリスチャン・フレデリック・マーチン(マーチン一世)は、若い頃に当時高名なギター製作家であったヨハン・シュタウファーのもとギター製作を学び工房を開くが、ドイツでのギルド紛争に巻き込まれ、それを逃れるために新天地アメリカに向かい、1833年にニューヨークで店を開く。今でもマーチンのギターのロゴにはEst.1833の文字がある。その5年後、1838年に現在も工場のあるペンシルベニア州ナザレスに移り創業一族による経営が現在まで続いている。鉄弦のアコースティックギターそのものを発明し、進化させてきたのはマーチンである、と言って差し支えないだろう。

Gibson 1894-

双璧となるギブソンはどうだろう。
その創業は、職人であったオーヴィル・ヘンリー・ギブソン(1856年 - 1918年)が、1894年にミシガン州カラマズーでマンドリン製作を始めたことに遡る。マーチンの創業からから60年が経っているが、その後の歴史は周知の通りである。後藤護著「黒人音楽史」によれば、「ブルース」という音楽は1903年にWCハンディという人が駅で電車を待っていたところ、名も無き黒人が隣でギターを弾きながら歌った瞬間に生まれた、という説があるそうだ。そのギターはきっとギブソンのギターだったのではないか、と勝手に想像している。

一方でその頃、1900年前後になると、雨後の筍のようにアメリカにギターメーカーが生まれている。特に、その多くはカラマズーからも近い工業都市シカゴにおいて。

その代表格がLarson Brothers GuitarsやLyon & Healyである。

Larson Brothers Guitars 1900-1944

カール・ラーソン(1867–1946)とオーガスト・ラーソン(1873–1944)はスウェーデン生まれで、1880年代後半にシカゴに移住。二人はロバート・マウラー社で弦楽器製作者として働いたあと、1900年にマウラー・アンド・カンパニーを買収し、エルム通りに小売店を開く。兄弟は、ラミネートブレーシングや金属製の支柱といったギター製作技術の特許を取得する。ギターは”Maurer”, “Euphonon”, “Prairie State”, “Stetson”, ”Stahl”などのブランド名で販売されたそうだ。カール・ラーソンが1940年に引退し、1944年にオーガスト・ラーソンが亡くなると第二次世界大戦終結前に事業は解散する。

こちらのギターはReverbで販売されているもの。価格270万円あまり。

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Larson Brothers Maurer 562 Brazilian Rosewood 1920s

ラーソン兄弟は、マーティンより 20 年も早く、最初のスチール弦フラットトップギターを発表し、ギター製作の真のパイオニアでした。モーラーブランドで販売された彼らの楽器は、当時アメリカが提供できる最高の楽器のひとつでしたが、ヨーロッパに届いたものはごくわずかでした。ベストグレードシリーズのこのモデル 562 は、彼らの革新的な精神を体現しています。薄いスプルースのトップをスチール弦の張力に耐えるよう、彼らは当時としては非常に先進的な技術である積層ブレースを開発しました。
このモーラーを本当に特別なものにしているのは、そのサウンドです。コンパクトなパーラーのようなサイズにもかかわらず、驚くほど豊かでバランスのとれたサウンドを生み出し、暖かく豊かな中音域が、すべての音符を透き通るような明瞭さで響かせます。低い弦高による完璧な演奏性は、このギターが過去1世紀にわたり愛され続けてきた理由を如実に物語る。洗練されたインレイ、美しいバインディング、ロゼットと相まって、これは素晴らしい演奏楽器であるだけでなく、ラーソン兄弟の卓越した職人技を完璧に反映した真の芸術品である。

Reverbより

Lyon & Healy 1888-1928

ライオン・アンド・ヒーリー社は1864年、実業家ジョージ・W・ライオンとパトリック・J・ヒーリーの共同事業として設立される。最初は楽譜出版やリードオルガンといくつかの小型楽器に事業を拡大。1888年頃には「ジョージ・ウォッシュバーン」というブランド名で、ギター、マンドリン、バンジョー、ウクレレの事業展開を開始した。このブランド名はライオンのファーストネームとミドルネームからとられているという。1898年のライオン・アンド・ヒーリー社カタログには、15ドルから145ドルまでの28種類の「ウォッシュバーン」ギターが掲載されていたという。1900年頃、この会社は規模が大きく、多くのサブブランドでギターを製造していた。有名なのはウォッシュバーンだが、”Leland”, “Lakeside”, “American Conservatory”などがある。
ジョージ・ライオンは1889年に、パトリック・ヒーリーは1905年に亡くなっている。その後も会社は拡大したが、1928年にギターの製造部門を楽器卸会社のトンク・ブラザーズに売却、Washburnの名前はリーガル楽器会社に引き継がれたが、1940年代初頭には衰退してしまったとのこと。

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サウンドホールのなかに消え掛かっているが、Lyon&Healyのスタンプが確認できる

Washburn 1888-1928

ワッシュバーンはライオン&ヒーリーのブランドの一つで、その名前はジョージ・ライオンのセカンドネームから取られている。このブランドについては過去にこちらの記事を書いているのでぜひ。

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こちらがWashburn。通常はポジションマークが5,7,10フレットに打たれているが、こちらは5,7,9,12なので、指板が交換されているようだ。

George Bauer 1890-1910

George Bauerは1890年から1910年頃、ペンシルベニア州フィラデルフィアで活躍したギター製作家である。S.S. Stewartと提携して高品質なパーラーギターやマンドリンをBauer & Stewart名義で製造していた。1898年にS.S. Stewartが死去した後、BauerはStewartの息子たちともに1910年の自身の死まで楽器を生産したという。

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サウンドホールの中にバウアー・カンパニーのラベルが貼られている。

Peter Benson 1891-1899

ピーター・ベンソンはスウェーデン移民で、1891年にミネソタ州セントポールで事業を始めた。彼は熟練の弦楽器製作者であり演奏者であり、自身の店『ミュージカル・マーチャンダイズ・カンパニー』で販売する楽譜の出版社でもあった。その後1899年まで弦楽器製作者として活動していたようだ。一方で、ベンソン社のギターの多くはシカゴのライオン・アンド・ヒーリー社やラーソン・ブラザーズ社によって製造されていたとの情報もある。

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ブリッジにダビデの星のマークがあるので最初のオーナーはユダヤ人であったに違いない

Kay Musical Instrument Company1931-1965

ケイ・ミュージカル・インストゥルメント・カンパニーは、1931年にヘンリー・ケイ・クーアメイヤーによって設立され、イリノイ州シカゴに拠点を置き、ギター、マンドリン、バンジョー、ウクレレを製造していた。同社は1965年にジュークボックスメーカーのSeeburg Corporationに買収されるまで独立して事業を展開していました。ケイ社は1936年に最初のエレキギターを発売したといわれている。

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Kayのジャンボギター

Oahu Publishing Company 1926-1985

オアフ・ミュージック・カンパニーは、1930年代から1940年代にかけてアメリカ合衆国で学生にハワイアン・ギターの演奏を教える音楽教育プログラムだった。当時のアメリカではハワイアン音楽が流行し、1920年代にハワイアン・ギターの販売と教室が定着し、オアフ・ミュージック・カンパニーはこれらのプログラムの主要な提供者となった。

オアフ・ミュージックは、 1926年にミシガン州フリントでハリー・G・スタンリーと異母兄弟のジョージ・ブロンソンによって設立される。後に二人は袂を分かち、スタンリーが単独所有者となる。1930年代の大恐慌時代、多くのアメリカ人は楽器を買う余裕がなかったが、アコースティック・スチールギターはケース、バー、ピック、ナットアダプター、そしてレッスン料込みで7ドルという低価格で入手できたという。

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当時はKayが委託されて製造していたとの情報がある

たしかにナットアダプターらしきものが付属している。これをつけて、ひざのうえに寝かせてラップスティールギターとして、演奏をするのだ。Youtubeを観るとたしかにそのような動画がいくつか観ることができる。このギターは弦高が高くイマイチだなあ、と感じていたのだが、このように使うのであれば実は弦高が高くても全く問題は無いのであった。

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この金属のナットをギターのナットに付けて弦高を上げてスチールギターをやるのだ

アメリカの音楽の歴史は本当に深く、広い。まだまだ知らないことがたくさんありそうだ。

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