40年来アイリッシュトラッドを聴いてきて、自分でもギターを弾くので、特にギタリストについては詳しくて当たり前だと思うのだが、実際にはほとんど知らないということにふと気がついた。そして現在ギターショップをやっている身としてはこれではいけないと反省した。
このnoteでもジョン・ドイル、スティーヴ・クーニー、ポール・ブレイディ、クリスティ・ムーアについては書いたが、それ以外にも沢山の優れたギタリストがいる。少し勉強してみようかと思いたった。
ところでギターという楽器はアイルランド伝統音楽の世界では非常に肩身の狭い、重要性の低い楽器である、ということは言っておかなければならない。たとえにアイルランド音楽の教科書的な本でその扱いを見てみる。
この中では「楽器」という章が30ページ割かれているが、そのなかでギターのページは9行しかない。ちなみにそこにはアーティー・マグリン、スティーヴ・クーニーの名前があり、デイビィ・グレイアムの写真が載っている。
またこちらの本、
楽器の章は10ページあり、その中に「撥弦楽器」という説明の中で、バンジョーやブズーキの次にギターの説明がある。そもそもギターという項目さえ無い。曰く、「1960年代のフォーク・リバイバルまでギターはアイリッシュミュージックにおいてほとんど見られなかった。 (中略)スウィーニーズ・メンやプランクシティといったグループが(中略)撥弦楽器を複数重ねる実験を史上初めておこなった。」とある。アイルランド音楽におけるギター演奏は「実験」なのだ。
とにかくこの圧倒的な記述の少なさ。扱いの冷たさ。しかしこの30年でアイルランド音楽も大きく変わったのだ。古き良き伝統だけが文化ではないのだ。
とにかく手当たり次第、有名なギタリストをリストアップしてみようと思った。それで行き当たったのが、城田じゅんじさんのブログだった。日本人としてアイリッシュギターの第一人者で、本場アイルランドでも名だたるミュージシャンと共演をしている。ブログには沢山のアイリッシュギタリストの名前が載っていて参考にした。また、いろいろ調べているとこんなページに行き当たった。
これはフランク・キルケリーという、メイヨー出身のギタリストのホームページで、そこに「Irish Trad Guitarists」というページがある。ギタリストがリストアップされ説明文や動画まで載っている。こちらもソースにさせてもらった。
苗字のABC順です。
(ちなみにすでにこのnoteで取り上げたギタリストについては重複するのでその記事のリンクを置いています。)
ランダル・ベイズ Randal Bays
1950年生まれのアメリカ人。マーティン・ヘイズの伴奏をしていたこともあったという。ただ、ギターよりフィドルの方が有名のようで、動画もフィドルのものばかり出てくる。ギターを弾いている動画が見つからず彼が伴奏を務めるマーティン・ヘイズの曲を。
ジョン・ブレイク John Blake
ロンドン生まれで1998年からはアイルランドに移住したという。Téadaというバンドにも一時在籍。フルートも得意だという。すごく軽快なギターだ。ジム・マレイのスチール弦版みたいな感じ。
エド・ボイド Ed Boyd
Flookのギタリスト。このバンドは本当にエレクトロニックミュージックのような疾走感があって完璧な演奏なのだが、その中でも彼のギターはどこか暖かさが感じられて好きだ。5月に来日予定なので観に行く予定。
と調べていたら、なんとこの人は最近ルナサのギタリストでもあるという。あのタイトなギターはこの人だったのか。ここ20年くらいでは最重要なギタリストでは無いだろうか。上がフルック、下がルナサ。
ポール・ブレイディ Paul Brady
トニー・バーン Tony Byrne
ダブリン出身で10代の頃から演奏のキャリアがあるとのこと。1999年に大学を卒業して以来、ダヌー、シャロン・シャノン、マイケル・マクゴールドリック、ジェリー・オ・コナー、デビッド・マネリー・バンド、マット・モロイ、ポール・ブレイディ、ルナサなどと共演。音楽教師としても長いキャリアがあるそう。
こちらは珍しいパイプとギターの演奏。コードワークがなんとも素敵だ。
イアン・カー Ian Carr
1965年生まれのイギリス人。Kathryn Tickell、Kate Rusby、Eddi Reader、Kris Dreverなどとコラボレーションしてきたとのこと。ん? エディ・リーダー! 大ファンである。今後ちょっと注目したい。
この動画の演奏をみると相当表現豊かな人だ。トラッドという枠からははみ出している。だけど本人はトラッドが好きそうだ。Collingsを弾いている。
スティーブ・クーニー Steve Cooney
デニス・カヒル Dennis Cahill
アメリカのシカゴでアイルランド系の両親から生まれたとのこと。あのマーティン・ヘイズとのデュオが有名な方だ。残念なことに2022年の6月に亡くなっている。
この人もCollingsを弾いている。ヘリンボーンのバインディングで鼈甲のピックガード。ただマーティン・ヘイズとの共演の時はよくナイロン弦ギターを使っていたと思う。
ジョン・ドイル John Doyle
ティム・エディ Tim Edey
ナイロン弦でスティーヴ・クーニーばりのギターを弾く人、という感じで思っていたけれどこの動画を見てびっくりした。すごい技術。しかもこのカポの使い方。こんなふうに弾きながら自由自在にカポを移動させて演奏するギターは見たことがない。シャロン・シャノン、ブレンダン・パワー、シェイマス・ペグリー、チーフタンズとも共演している。多分チーフタンズが来日した時に観たと思う。
この動画でもそうだがすごく楽しそうにギターを弾く。本当に楽しいのだろうな。
デイビィ・グレイアム Davy Graham
この人は1940年生まれのイギリスのミュージシャン。アイリッシュギタリストとは言えないかもしれないが、アイリッシュ音楽におけるギター演奏に大きな影響を与えた人、といった方が適切だろうか。あのバード・ヤンシュとかジミー・ペイジも影響されたそうだ。DADGADを発明したと言われている。
この動画ではアイルランド民謡の”she moved through the fair”を軽快に演奏している。時々インドっぽいところもある。
ドナウ・ヘネシー Donogh Hennessy
ダブリン生まれ、お父さんがジャズミュージシャンだったとのこと。ルナサの初期中心メンバー。彼の後にエド・ボイドが入ってきた、ということだ。1998から8年間ルナサにいたという。
この動画は2004年のもの。ニュージーランドの教室だろうか。このくだけた雰囲気と凄まじい演奏力のギャップが面白い。僕はこの曲が一番好きだ。このアレンジ、最高にかっこいいと思う。
ピーリー・ウィリー・ジョンソン Peerie Willie Johnson
1920年生まれのスコットランド人のギタリスト。2007年に亡くなっている。フォークミュージック界における伝説的な人、ということだろう。動く映像で見つかったのはこれだけだった。
ジョン・ヒックス Jon Hicks
イギリス北部出身のシンガーソングライター、ギタリストでDADGADを使う。現在はアイルランド西部に住んでのこと。動画を見ればわかるが強烈なギター奏法だ。ブリッジ近くのテンションの高いところを強くピッキングして硬くアタックのある音を出す。城田じゅんじさんがブログで絶賛している。
この動画ではローデンを使っている。
マーク・ケリー Mark Kelly
Altanのギタリスト。ダブリン生まれのジャズミュージシャンの母親から生まれ、ロックやカントリーが好きで、伝統音楽の中にもそういったエッセンスを持ち込んだという。若い頃はあまり好きでなかったが、歳をとるとアルタンの演奏が一番しっくりくる。
動画ではバインディングがキラキラの高そうなローデンを弾いている。
マイケル・マッカニュー Michael McCague
アイルランド、モナハン州の有名な音楽一家に生まれ、ティン・ホイッスルとフィドルを学んだ後、ブズーキに出会い最近ではドロップDチューニングでギターを演奏している。現在はゴールウェイ在住。At the Racket、Téada、At First Lightのメンバーとして活躍し、Matt Molloyのライブに同行したこともあるという。
ジョン・ドイルを彷彿とさせるプレイだ。動画レッスンもやっているみたいなので、ドロップD、ちょっとやってみようかな。
アーティー・マグリン Arty McGlynn
1944年北アイルランドのタイロン州生まれ。パトリック・ストリート、プランクシティ、デ・ダナンなどとも共演をしたアイリッシュギターの第一人者。なんと1989年のヴァン・モリソンのアルバム「アバロン・サンセット」でギターを弾いているという。僕のモーストフェイバリットなアルバムだ。今度意識して聴いてみよう。2019年に亡くなっている。
こちらの動画、めちゃくちゃかっこいい。King Of Irish Guitaristでしょう。
ポール・マクシェリー Paul McSherry
北アイルランド出身、1968年生まれ。14歳で演奏を始め、DADGADギターを独学で習得し、1980年代後半にタマリンに参加。その後リアム・オフリン、パディ・キーナン、パディ・グラッキン、キャサル・ヘイデン、マイケル・マクゴールドリック、トミー・ピープルズ、ケビン・クロフォード、などとも共演しているとのこと。とてもストイックなリード楽器を邪魔しない控えめなギターで好感がもてる。
ポール・ミーハン Paul Meehan
ギター、バンジョー、ベースを演奏するという。ルナサやリズ・キャロル、カラン・ケイシーと共演、ツアーに同行したという。
動画はそのリズ・キャロルと。タカミネのギターを弾いていて、すごくいい音がしている。アイルランドのギタリストはタカミネを使う人が多い。
ザン・マクロード Zan McLeod
アメリカのノースカロライナで育ち1970年代からプロとして活動するロックミュージシャンだった。オールマン・ブラザーズ、マーシャル・タッカー、ディープ・パープル、ポコ、ジョニー・ウィンター、ブラック・サバスなどのグループの前座をやったという。その後1979年にナッシュビルにレコーディングに来ていたボシーバンドのトリーナ・ニ・ゴーナルと出会い、アイルランド音楽の世界に入っていったという面白い経歴。
ジム・マレイ Jim Murray
コーク州の音楽一家に生まれ、3歳にしてピアノでメロディーを弾き、7歳でアコーディオン・バンドに参加、10歳の誕生日に最初のギターをプレゼントされる、という早熟さ。僕が最初に彼を観たのはシェイマス・ペグリーの来日時のスティーヴ・クーニーの代役のときだった。当時20歳前後。今や言わずとしれたシャロン・シャノンの片腕。彼のギターは本当に嫌みがなくて楽しくてつい踊りたくなる。
動画はせっかくなので追悼の意味もこめてシェイマス・ペグリーとの共演を。
クリスティ・ムーア Cristy Moore
コルム・オカオミ Colm O’Caoimh
彼はアイルランドシーンではまだ若手プレイヤーのようだがすごいテクニック。ジプシースウィングギターのようだ。標準チューニングで演奏しカポは使わないそうだ。
こちらの動画では大御所、デダナンのフランキー・ゲイビンと共演している。弾いているのはローデンのシダートップだろうか。
ミホー・オドムネィル Mícheál Ó Domhnaill
アイルランド中部ミース州のケルズ出身。1952年生まれ。2006年に54歳で亡くなっている。あのボシーバンド、そしてケビン・バークとのコラボなどを経て、ナイトノイズというバンドで実験的な音楽にも挑戦している。アイリッシュトラッドの世界でもとても大きな存在。若い頃はギルドを使っており、その後1975年製のマーチンD28手に入れて愛用していたとのこと。
こちらのケビン・バークとの動画、1980年のものだがギルドを弾いている。猫が可愛い。
シェイミー・オダウド Seamie O'Dowd
Seamie O Dowdはギタリスト、シンガー、ソングライターで、フィドル、ハーモニカ、マンドリン、その他多くの楽器を演奏するという。マーティン・オコーナー、カハル・ヘイデン、クリスティ・ムーア、チーフタンズなど錚々たるミュージシャンと共演をしてきたとのこと。
こちらの動画ではジョン・ドイル、スティーヴ・クーニーと三人で珍しいギターアンサンブルをやっている。素晴らしい演奏。
マーク・サイモス Mark Simos
革新的な伴奏と評されるギタリストで、数々の賞を受賞したオールドタイム・フィドル奏者でもあるという。現在はなんとバークリー音楽大学ソングライティング科の助教授をやっている。
こちらの動画ではケープ・ブレトンの曲を古いマーチンの000モデルのギターを使って演奏している。左手をみるとすごく複雑なコードワークをしているのがわかる。
ダヒ・スプロール Dáithí Sproule
1950年、デリー州の生まれ。18歳でダブリンの大学に通い、ボブ・ディランやバード・ヤンシュが好きだったという。その後1971年にミホール、トリーナ、マレード・ニ・ドーネル三兄弟とスカラ・ブレイを結成し、アイルランド音楽に大きな影響を与えた。1992年よりアルタンに参加している。
最後に番外編として、いや僕としては、本当はこういうのが一番好きなのだが、ダブリナーズのギタリスト列伝で締めたい。
キアラン・バーク Ciarán Bourke
1935年生まれ、ダブリナーズ結成時からのギタリスト。享年53歳。
イーモン・キャンベル Eamonn Campbell
1947年生まれ1987年よりダブリナーズのメンバー。2017年に亡くなっている。
こちらの動画は追悼映像。
ショーン・キャノン Seán Cannon
1940年ゴールウェイ生まれ。1982年よりルーク・ケリーが抜けたあとにダブリナーズに加入。
ジム・マッカン Jim McCann
1944年ダブリン生まれ。ダブリナーズには1974年から1979年まで在籍したという。2002年の40周年ツアーにも参加したが、そのツアー中に咽頭癌と診断された。その後歌えなくなったがダブリナーズの最後のコンサートではギターで参加したという。2015年に亡くなっている。
動画は2003年となっているので、ちょうどその頃である。ちょっと泣ける。
パディ・ライリー Paddy Reilly
1939年ダブリン生まれ。ロニー・ドリュー(2008年に亡くなっている)の後任として1996年にダブリナーズに加わる。2005年にグループを去り、ニューヨーク市(彼は多くのパブを所有している)に移り、その後再びアイルランドに戻ったという。
こちらの動画は2003年の40周年記念ライブ。64歳で素晴らしい歌声だ。
追伸
そういえば、最後になってこんなCDをもっているのに気がついた。問題は中身が空だということ。盤はどこに行ったのか。
このアルバムに収録されていて今回登場しなかったのは、Donal Crancyと、Garry O'brianの二人。
せっかくなのでこの二人も調べてみた。
ドーナル・クランシー Donal Crancy
カナダ生まれ。クランシーだから、クランシー・ブラザーズのお爺さんかと思ったら、お父さんがそのクランシー・ブラザーズのリアム・クランシーでその息子さんだという。こちらの動画ではそのお父さんの逸話も絡めてポーグスの歌をカバーしている。歌もなかなかいい。
ギャリー・オブリアイン Garry O'briain
1984年にButtons&Bowsに、その後95年からMoving Cloudにも参加しているアイルランドのギタリストという。マンドチェロやキーボードの演奏もするとのこと。下の動画ではマンドチェロを弾いている。この楽器初めて聞くがベースラインが効いてかっこいいな。