4月のFlook来日公演の余韻がまだ残っている。このバンドが作り出すグルーブの要になっているのは間違いなくジョン・ジョー・ケリーのバウロンであろう。とにかくそのテクニックはあまたのバウロン奏者の中でも群を抜いていると思う。これはリズムボックスなのか、と思えるような正確なBPM、その多彩な音色、リズムパターンのバリエーション、タメやキメの創造性、そして何よりもアグレッシブな煽りとツッコミ。「グルーブ」という概念を説明するとしたら彼の演奏を聞かせれば済むのではないか、と思うほどだ。
また先週、たまたまオークションでこんなバウロンを見つけた。


フランク・ルイスFrank Lewisという人が1993年に作ったものである。ジョン・ジョー・ケリーが使っているのは胴が深く、太鼓の円周はそれほど大きくないバウロンだ。しかし、このバウロンは太鼓の直径が50cmもある。こんなに大きなバウロンはじめて見た。そして胴が非常に浅い。
少し調べるとシンガーでバウロン奏者でもあるミック・ボルガーMick Bolgerがこちらの動画でFrank Lewisのバウロンを紹介している。これによると彼は北イングランドのメーカーのようだ。
よく考えてみると、アイルランド音楽に長く興味を持ってきたが「バウロン」という楽器については上っ面の知識しかない。少し勉強してみようではないか、と思った。そして、少し検索してみると「ケルトの笛屋さん」のブログに沢山詳しい記事があるではないか。
この「5人のバウロン奏者」で引用されている動画がどれも素晴らしい。じっくり鑑賞してしまった。特にトミー・ヘイズTommy Hayesのバウロンとインドの弦楽器サロッドとの演奏など素晴らしい。
また調べていると、こんなサイトがあった。歴史から現在の状況まで、大変に詳しい情報が網羅されている。ロルフ・ウェイゲルズ Rolf Wagelsさんというバウロン奏者が作ったサイトである。
▪️bodhran-info
上記の5人以外で、僕の好きなプレイヤーも何人か紹介したい。
まずはなんといってもチーフタンズのケヴィン・コネフKevin Conneffである。僕はもうバウロンといえばこの人なのではないかと思う。彼のバウロンからはまさに太古のケルト音楽が持っていた鼓動が聞こえるような気がする。決してすごいテクニックではないのだが、こういう素朴なバウロンも良いではないか。
実はケヴィンはチーフタンズにとって3代目のバウロン奏者である。一人目はデイヴィ・ファロンDavy Fallonという人で、1960年代前半にすでに70歳を超えていたという。チーフタンズの伝記「アイリッシュ・ハートビート(音楽之友社)」によると、パディ・モローニはギネス社の御曹司でチーフタンズのパトロンであるガレク・ブラウンとともに、当時農夫だったこの伝説のバウロン奏者を探して車でウェストミース州まで車を飛ばしたという。二代目はパダー・マーシアPeadar Mercierである。彼は1966年よりチーフタンズに参加しており、チーフタンズに先立ってショーン・オリアダのキョールトリ・クーランでもバウロンを叩いていたという。そして1976年のチーフタンズ6枚目のアルバムからケビン・コネフはメンバーとなる。
彼が使っているバウロンは誰が作った物なのか、少し調べてみた。北アイルランドのチャーリー・バーンCharlie Byrneという人のバウロンだという。そして彼はもう引退してしまったが、その技術は友人だったシェイマス・オケイン Seamus O'Kaneに引き継がれているという。彼はチューナブルな機構や深い胴、反響を抑えるテーピングなど、現代のバウロンの原型を最初に作ったメーカーだといわれている。ケルトの笛屋さんのブログにもそのシェイマス・オケインさんの記事があった。
こちらは2010年のケビンの動画。
次に思い出すのが、Anamというバンドのボーカルだったエイミー・レオナードAimée Leonardのバウロンだ。彼女はスコットランド出身だが、お父さんがバウロン製作者で子供のころからバウロンを演奏していたそうだ。来日した時に見たライブでは見たことのないような大きなバウロンを太いすりこぎのようなビーターで叩きまくるのがカッコよくて感激した。もうバウロンはあまり叩いていないようで、故郷のスコットランドオークニー島に戻ったあと、ロンドンに移りボーカルレッスンの仕事などをしているようだ。
なかなか動画が見つからなかったが、よく探したら粗い映像だが一つだけ発見した。
女性のバウロン奏者、ということでいうとダービッシュのキャシー・ジョーダン Cathy Jordanも外せない。下に引用した動画を見てほしい。それぞれのメンバーのソロを見据える鋭い視線、そして全体のアンサンブルを徐々にヒートアップさせていく合いの手とビート、よく聞くとベース音の使い方などなかなかテクニシャンでもある。この音楽への没入感は見習いたい。
またバウロン奏者というわけではないが、偉大なアイリッシュシンガー、クリスティ・ムーアChristy Mooreが手で叩くバウロンも素晴らしい。ケビン・コネフがデビューしたのもクリスティ・ムーアの2枚目のアルバム「プロスペラス」だったそうなので、大きな影響を受けているのだろう。
忘れてはならないのがKilaのローナン・オ・スノディRónán Ó Snodaighだ。彼は生粋のアイリッシュ・トラッド・ミュージシャンというよりは、もっとオープンな音楽性で、オリジナルな音楽を作ってきた人だ。しかし、バウロンは彼のアイデンティティとなっており、それはアイリッシュという彼のバックグラウンドを象徴するものでもあるのだろう。バウロンはアフロビートにもレゲエにも使えるのだということを実証している。
このエレクトリックバウロンを見て欲しい。自分で作ったのかな。かっこいい。
前掲の「知っておくべき5人のバウロン奏者」の記事で、ジョン・ジョー・ケリーの解説の中に面白い表現がある。
曰く「ジョン・ジョーの演奏があまりにも有名になりすぎたため、彼のスタイルを完璧に真似ようとする若いバウロン奏者が増えすぎたという批判がある。その結果、同じような音を出すバウロン奏者が世代を超えて出てきてしまったのだ。」
確かに、一気にあのスタイルが広がり、みんな同じようになってしまった感はある。しかし将来、若い世代の中から新しい革新的なスタイルのバウロンプレイヤーが出てくるに違いないと思っている。それを期待したい。